精力があって強い男はかっこいいわ。

精力があって強い男はかっこいいわ。

それは加奈子がいつも口癖として言っていることだった。

あの人はいつも、男性の前でも堂々と性の話をする。それがまたかっこいいのだけども。「でもね」加奈子は言った。「べつに、マッチョになる必要はないと思うの」
「そうなの?」
「男はね、細マッチョよ!」

加奈子によれば、女性は筋肉に対してやはりストイックな憧れがあるらしい。けれど、筋肉がつきすぎてしまうのはよくない、と加奈子は言うのだ。それは女性特有の考え方なのかと思っていたが――違うのだろうか?
「じゃあさ、加奈子が思う『細マッチョ』って、どのへんの体型?」
「そうね、胸鎖乳突筋と腹直筋がシックスパックに割れてることかな」
「それ、なんかもはやマッチョじゃなくない?」
「そうかしら。まあでも、それぐらいだったらいいと思うわ」

加奈子はそのとき、隣の席で楽しそうに話していたOLらしきグループをちらっと見た。彼女たちもやはり細いけどしっかりした体つきをしていて、かといって男性的ではなく中性的な魅力がある。加奈子は彼女たちを見て言った。「ああいう感じよ。いい体っていうのは」
「……加奈子って、男にはマッチョを求めるけど、女には中性的を求めちゃうんだね」
「だってあたしは女だもの」

加奈子はきっぱりと言ったが、しかし私はふと考えるのだった。たとえば私が男であれば(そして加奈子の愛人という立場にあれば)、加奈子が求める『細マッチョ』ぐらいの体はじゅうぶんに作れるだろうなと思ったのである。
(もし私が男だったら……)
それでも私は、加奈子の望むようなマッチョな肉体を手に入れることはできなかっただろう。それはたとえば、私が女だからであり――男であればもっと大きな筋肉を手に入れることができたのではないかと思うのである。
(いやいや、何を考えてるの)
私は頭を振って、一瞬脳裏に浮かんだ考えを追い払った。

「ねえ」加奈子が甘えたように言った。「今夜は来られるでしょ?」
私の仕事が終わったので今夜は二人で食事に行く約束をしていたのだった。
そして今夜こそが、私がこの仕事を辞める日である。今日のお昼に、店のオーナーに辞める意志を伝えていた。
「うん」と、私は言った。「行けるよ」

加奈子のマンションは、新宿から電車で十分ほどのところにある1LDKの高級賃貸マンションだった。都庁のある新宿中央公園の近くでもあり、付近にはいくつもの高層ビルが建っている。そしてその最上階である七階に加奈子は部屋を持っていた。
部屋は広いワンルームで、玄関のドアを開けるとまず目に入るのは明るい色の絨毯だった。靴入れには、いつもきちんと磨かれた革靴が何足も収まっている。
「シャンパンがあるのよ」
加奈子が嬉しそうに言った。そして私の手を引っぱって廊下を歩き、リビングのドアを開けた。
部屋は薄暗く、天井にはシャンデリアが輝いている。部屋の真ん中には革張りのソファセットが置かれていて、壁一面の大きな窓からは街の夜景が見えるようになっているのだった。夜景を見つめていると本当に自分が天空にいるような気分になってくるほどだった。

加奈子は窓際に置かれたテーブルの上に、紙袋を置いた。
「これ、友達がくれたの。おいしいんだって」
加奈子が袋から取り出したのは、黄色い紙で個包装された大きな球体だった。表面には赤い文字で『HONEY BEE』と書かれている。
「ハニービー? はちみつ味のポップコーン?」と私は聞いた。
「ううん」と加奈子は言った。「メープルシロップ味よ」
そして私たちはリビングに座っておしゃべりをしながらポップコーンを食べた。私たちはまるで恋人同士のように寄り添って夜景を見た。
「そういえば、この部屋を借りた理由って、夜景を見るためだったんだよね」と私は言った。
「そうよ」加奈子は頷いた。そして私の手に手を重ねて、体をそっと押し付けてきた。
私はその肩に手を回して、ゆっくりと彼女の髪に触れた。
しばらく無言でそうしていた後、私たちはキスをした。加奈子の唇は甘くて柔らかかった。ずっとこうしていたいと私は思ったが――しかし同時に、自分はいったいこんなところで何をしているのだろうとも思っていた。この仕事が嫌なわけではない。ただ、いつも考えてしまうのだ。
もしも私が男だったら、と。

(私は……加奈子にはふさわしくない)

「どうしたの?」加奈子が不思議そうな顔で私の顔を見ている。
「ううん」と私は首を振った。
それから私たちは寝室に行って抱き合ったが、しかし特別なことは何もしなかった。ただお互いに裸になって抱き合っているだけで――いや、それが逆に心地よかったのかもしれない。すべてを脱ぎ去って生まれたままの姿で抱き合っていると、とても安心することができたからだ。それはとても自然なことに思えた。
「ねえ、加奈子」
加奈子の胸の中で彼女の心臓の鼓動を聞きながら私は言った。
「なあに?」と彼女は答える。
「どうして男の人が嫌いなの?」
「……嫌いってわけじゃないのよ」と加奈子は少し言いよどんだ。「ただ……怖いだけ」
「でも前に、恋人がいたことがあるって言ってたじゃない? それにこの前も、バーで女の子とキスしてたし」
「それは……」「その人とは、どうして別れちゃったの?」
彼女は少しのあいだ黙っていたが、やがて小さな声で言った。
「あの人って、すごくプライドが高かったから」と加奈子は言った。「あたしは一緒にいて楽しかったけど、でも彼は不満だったみたい」
加奈子の手が私の背中を撫でている。その手つきは優しくて――そして温かかった。私は彼女の体に手を回してぎゅっと抱きしめる。すると彼女も強く抱きしめ返してくるのだった。その腕の力強さに私は安心感を覚えるとともに、胸の中がきゅっと締め付けられるような切なさを感じた。
「加奈子」と私は言った。
「ん?」彼女は私の顔を覗き込んでくる。
「私って、男じゃないよね?」

私がそう言うと、彼女は少しのあいだきょとんとした顔をしていたが――やがてくすくすと笑い出した。
「あたりまえじゃない」と彼女は言った。「どうしたの? 急にそんなこと言い出して」
加奈子が私を愛してくれていることはよくわかっているし、そして彼女のような美しい恋人がいる自分はとても幸せだと思う。



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